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薬屋のひとりごとはいつの時代がモデル?平安時代説の真偽と唐代との共通点

唐代風の後宮を背景に薬草を調べる猫猫と華やかな宮廷衣装 薬屋のひとりごと

『薬屋のひとりごと』は平安時代の物語ではなく、唐代の楊貴妃の時代を主なモデルにした架空世界です。

ただし、文化水準は16世紀ごろ、科学知識は19世紀ごろまでが目安とされているため、特定の西暦だけでは説明できません。

薬屋のひとりごとはいつの時代がモデル?

結論からいえば、衣服・花街・後宮の中心的なモデルは、8世紀の唐、とくに楊貴妃が生きた時代です。

一方、猫猫たちが暮らしているのは、歴史上の中国王朝ではありません。原作で「茘(リー)」と呼ばれる架空国家であり、唐代を外観の土台にしながら、後世の文化や科学知識を重ねたファンタジー世界です。

この点は推測ではなく、原作者の日向夏さん本人が説明しています。

日向夏さんは、2018年8月16日に「小説家になろう」で公開した活動報告「薬屋の時代背景について」で、作品は実在国を舞台にしたものではないと明記しました。

そのうえで、衣服・花街・後宮は唐代、とくに楊貴妃の時代を中心にイメージし、文化レベルは16世紀ごろ、科学的知識は19世紀ごろまで使用すると説明しています。

つまり、時代設定は次の三層に分けて考えると理解しやすくなります。

確認区分作品に取り入れられた時代主に反映される要素
作者が明言した主要モデル唐代、とくに楊貴妃の時代衣服、花街、後宮
作者が示した文化水準16世紀ごろ生活文化、物品、社会の発展度
作者が示した科学知識の目安19世紀ごろまで薬学、化学、病気を用いた謎解き
原作の舞台特定の西暦を持たない架空国家茘の制度、地理、宗教、人物、歴史

ここで重要なのは、「文化レベルが16世紀」という説明を、物語の年代そのものと混同しないことです。

猫猫たちが16世紀の中国に暮らしているわけではなく、唐代風の世界に、物語上必要な範囲で後世の生活文化を取り込めるようにした設定だと考えられます。

同じように、「科学的知識は19世紀ごろまで」という説明も、猫猫が19世紀から過去へ来たという意味ではありません。日向夏さんは、転生者はいないとも明言しています。

作品世界には、その世界の中で知識を蓄積してきた薬師や医官、研究者が存在します。猫猫や羅門は、そうした独自の知識体系を受け継ぐ人物として描かれているのです。

公式設定・作中描写・史実・考察を分ける

『薬屋のひとりごと』の時代を考えるときは、情報を四種類に分けると誤解を避けられます。

  • 作者が明言した設定:唐代を主なモデルとし、文化は16世紀ごろ、科学知識は19世紀ごろまで使用する
  • 原作・アニメ内の設定:架空国家、後宮、妃の序列、宦官、花街、交易などが存在する
  • 史実との共通点:唐にも後宮、宦官、妃の位、国際的な交易があった
  • 読者や筆者による考察:王都は長安を思わせる、特定の事件には後世の医学が反映されている、といった分析

作者が唐代をモデルにしたと説明していることと、作中世界が唐そのものであることは同じではありません。

たとえば、茘の王都が長安に似ていても、「王都は史実の長安である」とは断定できません。作中の皇帝を玄宗、上級妃の誰かを楊貴妃と一対一で対応させる根拠もありません。

作品には唐代の史実を思わせる部品がありますが、それらは茘という独自世界のために組み替えられています。

私は、この「似ているけれど同じではない」という距離感が、本作の考察を面白くしていると感じます。史実を知ることで背景を深く味わえる一方、歴史の結末に物語が縛られないからです。

花街の参考資料は『板橋雑記』

花街の描写については、作者が参考資料を具体的に明かした例もあります。

2023年7月に公開された、東洋文庫の学芸員らと日向夏さんによる対談で、作者は花街の女性たちの美容や生活を描く際、余懐による『板橋雑記』を参考にしたと説明しました。

この対談はBOOKウォッチ掲載の「『薬屋のひとりごと』の地図に『ええ?!』原作者が解説」で確認できます。

『板橋雑記』は、明末から清初にかけての南京・秦淮周辺の花街や妓女、音楽、化粧、文人たちとの交流などを記録した書物です。国立国会図書館の書誌では、余懐著、岩城秀夫訳の東洋文庫版が1964年に平凡社から刊行されたことを確認できます。

ここからも、作品が8世紀の唐だけを再現しているわけではないと分かります。

後宮や衣服には唐代のイメージを置きながら、花街の具体的な生活描写には明代の資料も利用する。この資料の重ね方が、緑青館をはじめとする花街に歴史的な厚みを与えているのでしょう。


平安時代が舞台という説は正しい?

『薬屋のひとりごと』が日本の平安時代を舞台にしている、という説明は正確ではありません。

平安時代説が生まれやすい理由は、唐の存続期間と日本の平安時代が一部重なっているからです。

史実の唐は618年に成立し、907年まで続きました。日本の平安時代は794年に始まるため、唐の末期と平安時代の初期には約100年の重なりがあります。

しかし、作者が中心的なモデルとして挙げた楊貴妃の時代は、それより前です。

楊貴妃は本名を楊玉環といい、745年に唐の玄宗皇帝の貴妃となりました。745年の日本は、平安時代ではなく奈良時代です。

年代を並べると、関係がはっきりします。

年中国史上の出来事日本史上のおおよその区分
618年唐が成立飛鳥時代
710年唐が続いている奈良時代の始まり
745年楊玉環が玄宗の貴妃となる奈良時代
794年唐が続いている平安時代の始まり
907年唐が滅亡平安時代初期

したがって、「唐代は日本の平安時代と一部重なる」という説明は正しいものの、「楊貴妃の時代は平安時代だった」という説明は誤りです。

主要モデルを日本史に置き換えるなら、平安時代より奈良時代に近いというのが、最も簡潔な答えになります。

※画像はAIによるイメージ

なぜ平安時代の作品に見えることがあるのか

平安時代説は、まったく無関係な連想から生まれたわけではありません。

奈良時代から平安時代初期の日本は、遣唐使などを通じて唐の制度や文化から大きな影響を受けました。都城の構造、官僚制度、衣服、文字文化、仏教、美術など、多くの分野に唐の影響が見られます。

そのため、唐代風の宮廷を描いた作品に触れた日本の読者が、歴史の授業や物語で親しんだ「平安時代の宮廷」を連想することは不自然ではありません。

どちらにも、身分の高い人々が暮らす宮廷、細かな序列、儀礼、華やかな衣装、自由な出入りを制限された女性たちの生活といった共通イメージがあります。

しかし、似て見える理由は、『薬屋のひとりごと』が平安時代を直接再現しているからではありません。

唐文化が古代日本にも影響を与えたため、両者の表現に共通点を感じやすいのです。作品から平安風の雰囲気を受け取ったとしても、それはモデルを特定する根拠にはなりません。

また、作中の人物名、宦官制度、上級妃の称号、花街の構造などを見ると、日本の平安宮廷より中国王朝を思わせる要素のほうが明確です。

特に宦官が後宮の運営に深く関わる仕組みは、日本の平安時代にはそのまま対応する制度がありません。壬氏が「宦官」として後宮を取り仕切る構図は、中華王朝風の舞台を示す重要な手掛かりです。

茘は唐でも平安時代の日本でもない

作中の国は、歴史上の中国でも日本でもなく、茘という架空国家です。

TVアニメ第1期の公式サイトも、物語の舞台を「大陸の中央に位置するとある大国」と説明しています。これは、実在する中国の特定王朝を舞台とする歴史作品ではないことを示す表現です。

日向夏さんも2018年の活動報告で、実在国ではないファンタジーだと明言しています。また、現実の仏教と同一の宗教が存在するわけではなく、似て非なる宗教を想定しているとも説明しました。

ここまで独自設定が置かれている以上、茘を唐の別名として扱うことはできません。

地理、王朝史、宗教、周辺国、民族、言語、人物の血統は、物語が進むにつれて独自の形で広がっていきます。

作者が唐代を挙げたのは、作品世界のすべてを唐の史実に合わせるという宣言ではなく、衣服・花街・後宮を構想するときの主要なイメージを示したものです。

この区別を覚えておけば、唐代に存在しなかった物が登場したときも、すぐに「時代考証ミス」と決めつけずに済みます。


唐代モデルは後宮や宦官にどう表れている?

『薬屋のひとりごと』と唐代の共通点は、後宮、妃の位、宦官、国際交易の四つに整理できます。

いずれも単なる背景装飾ではありません。登場人物の立場を決め、事件を発生させ、猫猫の推理を左右する物語上の仕組みとして使われています。

後宮は生活空間であると同時に政治の場

後宮は、皇帝の妃や子ども、侍女たちが暮らす閉鎖的な空間です。

TVアニメ第1期公式サイトの用語解説では、後宮が城壁と堀に囲まれ、門には厳重な警備が敷かれていること、妃たちが家柄、美しさ、能力、帝からの寵愛などによって階級化されていることが説明されています。

この環境では、誰が皇子を産んだか、どの妃が帝の寵愛を受けているか、実家がどれほどの影響力を持つかが政治に直結します。

玉葉妃や梨花妃の体調は、本人だけの問題ではありません。皇子の生存、皇位継承、妃の実家、後宮内の勢力関係まで動かす可能性があります。

だからこそ、化粧品による体調不良や食事に混入した毒のような、一見すると個人的な事件にも国家規模の緊張が生まれます。

筆者としては、ここが本作の後宮ミステリーとしての強さだと考えます。被害者が一人でも、その背後には多くの人間の将来が結び付いているため、猫猫の診断や沈黙が政治的な意味を持つのです。

四夫人の称号には唐の制度との共通点がある

作中の後宮には、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃という上級妃の位が登場します。

猫猫が仕える玉葉妃は貴妃、梨花妃は賢妃、里樹妃は徳妃、阿多妃は淑妃として描かれます。

これらの名称は創作だけのものではありません。中国史資料を整理したChinaknowledgeの唐代女官制度解説でも、初期唐の宮廷女性の位として貴妃、淑妃、徳妃、賢妃が確認できます。

ただし、唐は約290年続いた王朝であり、後宮の制度は全期間を通じて固定されていたわけではありません。時期によって称号や人数、序列が改められています。

したがって、「称号が史実と同じだから、作中の後宮制度も唐と完全に同じ」とまではいえません。

本作は、史実に存在した分かりやすい称号を借りながら、妃たちの性格、出身、政治的役割に合わせて独自の関係を構築しています。

ここで注目したいのは、四人が単純な恋のライバルとして描かれていない点です。

玉葉妃は異国的な出自と聡明さ、梨花妃は高い身分と厳格さ、阿多妃は帝との長い関係、里樹妃は若さと孤立という異なる条件を抱えています。

同じ上級妃でも、家柄、年齢、出産経験、後ろ盾によって置かれた状況は大きく違います。歴史的な位階を人物ドラマへ変換しているところに、本作らしい工夫があります。

宦官は後宮と外の社会をつなぐ

宦官も、中国王朝を強く連想させる存在です。

TVアニメ公式サイトの用語解説では、宦官は後宮で過ちを犯さないよう去勢され、管理業務を担う者として説明されています。

男性の自由な出入りが制限される後宮では、皇帝の命令、外部からの物資、人員、情報を運ぶ存在が必要です。宦官は、閉ざされた後宮と外廷をつなぐ接点になります。

本作では、壬氏が後宮を取り仕切る美貌の宦官として登場し、猫猫の知識を見抜いて玉葉妃の毒見役へ抜擢します。

宦官制度がなければ、壬氏が妃たちの宮を訪れ、問題を調べ、外廷の権力者とも連絡を取る立場は成立しにくくなります。

さらに、この制度は壬氏の容姿、身体、身分、正体をめぐる物語とも直結しています。

つまり、宦官は中華風の雰囲気を出すための記号ではありません。壬氏という人物の秘密を支え、猫猫を事件へ導くための構造そのものです。

国際交易が薬学ミステリーの材料を運ぶ

唐代の都・長安は、各地から人や物、文化が集まる国際都市でした。

メトロポリタン美術館が2009年に公開した「Internationalism in the Tang Dynasty」では、唐を618年から907年までの王朝とし、長安を政治・芸術・流行・文化の中心として説明しています。

同資料によると、唐には外交、交易、征服、巡礼を通じて国際的な影響が流入しました。織物、金属器、陶磁器、香木、香辛料、染料、馬、音楽、舞踊など、さまざまな品や文化が行き交っていたのです。

『薬屋のひとりごと』でも、異国から来た隊商、特使、香料、珍しい薬材、宝飾品、異国風の衣装が物語に関わります。

これは宮廷を華やかに見せるだけの要素ではありません。

遠方から未知の薬や毒が持ち込まれれば、後宮の人々には原因を見抜けない事件が起こります。反対に、珍しい品の流通経路を調べることで、使用者や犯人へ近づける場合もあります。

交易は、ミステリーに新しい物質と知識を供給する血管のようなものです。

唐代の国際性をモデルにしたことで、猫猫は後宮にいながら広い世界の薬、毒、香り、食文化と出会えます。舞台が閉鎖空間でありながら、事件の材料は大陸の外からも流れ込んでくるのです。

※画像はAIによるイメージ

なぜ唐代にない科学知識が登場する?

唐代に存在しなかった知識や物品が登場するのは、作品が唐代の歴史再現ではなく、複数の時代を組み合わせた薬学ミステリーだからです。

原作者の日向夏さんは、2018年の活動報告で科学的知識は19世紀ごろまで使うと説明し、その理由を物語の題材を確保するためだと率直に記しています。

この方針によって、作中では毒物、病気、化学反応、衛生、栄養、薬効など、多彩な現象を事件へ利用できます。

ただし、作中のあらゆる医学知識が厳密に19世紀以前のものだと保証されているわけではありません。

作品内の描写を現代医学の病名へ置き換える解説は、視聴者や記事執筆者による解釈を含みます。「作者が19世紀までと述べた」という事実と、「この場面は現代医学の何という病気か」という分析は分ける必要があります。

白粉の事件が示す「制度と科学」の組み合わせ

時代混合の意味が最も分かりやすいのは、物語序盤の皇子たちが衰弱する事件です。

TVアニメ第1期第1話「猫猫」では、帝の御子たちが相次いで亡くなり、現在生きている二人の御子も弱っていることから、後宮内で「呪い」という噂が広がります。

猫猫は超自然的な原因を疑うのではなく、二人の母親に共通する生活習慣や品物へ目を向けます。そして、健康を害する白粉が原因だと見抜き、使用をやめるよう匿名で伝えます。

ここでは、二つの異なる時代的要素が同時に働いています。

一つは、唐代風の後宮制度です。

皇子の命は皇位継承と直結するため、病気は国家の問題になります。しかし、身分の低い下女である猫猫は、上級妃へ直接意見できません。

知識が正しくても、発言者の身分が低ければ受け入れられない。猫猫が匿名の警告という遠回りな手段を選ぶのは、強い身分秩序があるからです。

もう一つは、後世の科学的な視点です。

周囲が「呪い」という物語で理解しようとする現象を、猫猫は化粧品への接触、症状の共通性、使用をやめた後の変化から判断します。

猫猫の推理が面白いのは、現代的な答えを知っているからだけではありません。正しい知識を、身分社会の中でどう届けるかという難題まで含まれているからです。

梨花妃側では警告が十分に生かされず、白粉の使用が続きます。これは、真実が存在していても、受け取る側の権威関係や信頼によって結果が変わることを示しています。

猫猫が梨花妃を看病する展開では、薬学知識だけでなく、妃の周囲にいる侍女たちの行動を変える必要もありました。

つまり、この事件の本当の障害は毒性のある物質だけではありません。

上級妃へ逆らえない空気、主の美しさを守ることを優先する価値観、下女の警告を軽く見る身分意識もまた、被害を長引かせる原因になっています。

筆者としては、この事件こそ「唐代風の制度」と「後世の科学知識」が噛み合う本作の設計を最も端的に表していると考えます。

舞台が現代社会なら、猫猫は成分の危険性を説明し、使用を中止させれば済むかもしれません。しかし後宮では、誰が、誰に、どの立場から告げるかによって真実の効力が変わります。

科学が迷信を一方的に打ち負かす物語ではなく、知識が権力の壁をどう越えるかを描く物語になっているのです。

炎色反応は「同じ現象の見え方」を変える

TVアニメ第1期第5話「暗躍」では、火の色が変わる現象が、ある宦官から「呪い」と受け取られます。

公式サイトの長沼範裕監督インタビューでは、この場面について、知識のない宦官には炎の変化が実際以上に禍々しく見えたという演出意図が説明されています。

猫猫にとっては、物質によって炎の色が変わる観察可能な現象です。しかし、仕組みを知らない人物にとっては、理解できない現象が悪意や超自然的な力に見えます。

ここで描かれているのは、単なる「昔の人は無知だった」という対比ではありません。

人は、自分が持っている知識の枠組みによって同じ現象を違って受け取ります。後宮の噂や恐怖が、事実そのものより大きくなることもあるでしょう。

猫猫の役割は、難しい科学用語を披露することではありません。

観察し、原因を切り分け、その人物が抱えている恐怖を現実の問題へ戻すことです。だからこそ、科学知識がキャラクター同士の心理や関係を動かす道具になっています。

蜂蜜の事件は現代医学との区別が必要

TVアニメ第1期第10話の正式な題名は「蜂蜜」です。

公式あらすじでは、猫猫が柘榴宮を調査し、里樹妃の姿をきっかけに大きな謎へ近づく流れが示されています。続く第11話で、蜂蜜を幼児へ与えた過去と阿多妃の子どもをめぐる悲劇の関係が明らかになります。

公式の監督インタビューでも、風明が無知から幼児に蜂蜜を与え、その後に歯車が狂った人物として説明されています。

一方、この描写を「乳児ボツリヌス症」と呼ぶ場合は注意が必要です。

それは作品内で明示された病名ではなく、現代医学の知識を使って場面を説明した解釈です。現代における蜂蜜と乳児の安全上の関係を、作者が示した「19世紀ごろまで」という基準と同列の公式設定として扱うべきではありません。

より正確に書くなら、作中では幼児に蜂蜜を与える危険が物語の鍵となり、現代の視聴者は現在の医学知識からその危険性を理解できるとなります。

この違いを明示すれば、「作者の設定」「アニメ内の事実」「現代医学による解釈」を混同せずに済みます。

また、この事件でも科学知識だけが独立して存在しているわけではありません。

子どもの死は、阿多妃の立場、後宮での出産、侍女の忠誠、罪を隠そうとする行動へ連鎖します。一つの食物に関する無知が、身分社会の中で長年にわたる秘密へ変わっていくのです。

※画像はAIによるイメージ

時代混合は作品に何をもたらしている?

私見では、『薬屋のひとりごと』の時代混合は、歴史的な雰囲気とミステリーの自由度を両立させるための設計です。

唐代風の後宮だけを採用すれば、閉鎖空間、厳しい身分差、皇位継承、宦官、妃の実家といった濃密な人間関係を作れます。

しかし、利用できる薬学や化学の知識を8世紀に限定すると、猫猫が扱える事件の種類は狭くなります。

そこで、文化水準を16世紀ごろ、科学知識を19世紀ごろまで広げることにより、作品は歴史劇の外観を保ったまま、多様な謎を描けるようになりました。

毒物、化粧品、食物、感染、香り、金属、火、酒、薬草といった身近な物が、事件の原因にも解決の手掛かりにもなります。

この設計は、猫猫という主人公の魅力にも合っています。

猫猫は権力を求める人物ではありません。美貌や身分にも簡単には動かされず、目の前に珍しい毒や不可解な症状があれば、危険を承知で調べたくなります。

一方、猫猫が知識だけですべてを解決できるわけでもありません。

相手が上級妃なら、正面から間違いを指摘することは難しい。真相を明かせば政治的な混乱が起こる場合には、知っていても口を閉ざす必要があります。

壬氏や高順の権限がなければ調査できない場所もあり、羅門から受け継いだ知識だけでなく、誰の信頼を得るかが解決を左右します。

この「知識はあるが権力はない」という立場が、猫猫を万能の探偵にしないための優れた制約になっています。

科学知識が後世の水準に近くても、社会制度は強い身分秩序を残している。そのずれによって、答えが分かってからも解決まで緊張が続くのです。

史実との違いは、間違いと改変に分けて考える

歴史をモデルにした作品では、史実と異なる要素を見つけたとき、それをすぐ「間違い」と呼びたくなることがあります。

しかし、『薬屋のひとりごと』の場合、作者は最初から実在国ではないと説明し、複数時代の要素を使う方針も明示しています。

そのため、少なくとも次の四点を確認してから判断する必要があります。

  • 唐代の史実と本当に矛盾しているのか
  • 茘の独自設定として説明されているのか
  • 作者が意図的に後世の文化や知識を取り入れたのか
  • 視聴者側が現代の名称を当てはめた解釈なのか

たとえば、作中に唐代より後の生活用品が登場しても、文化水準を16世紀ごろとする作者方針の範囲なら、意図的な時代混合と考えられます。

一方、現代医学で知られる病名を視聴者が場面へ当てはめた場合、それをそのまま「猫猫がその病名を知っていた」「公式設定である」と説明するのは慎重であるべきです。

史実と違うこと自体が問題なのではありません。

作品が置いたルールの中で一貫しているか、違いが人物や事件へどのような意味を与えているかを見るほうが、考察として有益です。

今後は交易と外交で唐代モデルがさらに生きる

物語の範囲が後宮から外廷、市井、地方、西方、周辺国へ広がるほど、唐代モデルの国際性は重要になります。

後宮内では、妃の序列や宦官の役割が事件を動かします。国外との交流が増えれば、隊商、特使、異国の薬材、言語、宗教、国境、軍事、外交関係が新たな謎の条件になります。

同じ薬でも、地域によって用途や呼び名が違うかもしれません。

ある土地では治療に使われる物が、別の土地では毒として恐れられることもあります。珍しい品を誰が輸入できたかという流通経路が、犯人や政治的背景を示す可能性もあります。

私は、唐代の国際都市を思わせる設計には、後宮ミステリーを大陸規模の物語へ成長させる力があると考えています。

唐らしい見た目を再現するだけなら、物語は宮廷の中で完結してもよかったはずです。

しかし本作は、交易によって薬や毒を運び、外交によって人物を動かし、文化の違いによって誤解や駆け引きを生み出します。

唐代モデルは背景美術ではなく、事件を継続的に生み出せる世界の基盤なのです。

まとめ

『薬屋のひとりごと』は、日本の平安時代を舞台にした作品ではありません。

猫猫たちが暮らすのは茘という架空国家で、衣服・花街・後宮の主なモデルには、唐代、とくに楊貴妃が生きた8世紀のイメージが採用されています。

唐は618年から907年まで続いたため、後半は日本の平安時代初期と重なります。しかし、楊貴妃が貴妃となった745年は、日本では奈良時代です。

また、作者は文化水準を16世紀ごろ、科学知識を19世紀ごろまでと説明しています。唐代にない物や知識が登場しても、それだけで時代考証の誤りとはいえません。

要点を整理すると、次のとおりです。

  • 舞台は史実の唐ではなく架空国家「茘」
  • 衣服・花街・後宮は唐代の楊貴妃の時代が主要モデル
  • 楊貴妃の時代を日本史に置き換えると奈良時代
  • 唐の末期と平安時代初期には年代上の重なりがある
  • 文化水準は16世紀ごろ、科学知識は19世紀ごろまでが目安
  • 作中描写を現代医学で説明する場合は、公式設定と考察を区別する

最も正確な答えは、「唐代の楊貴妃の時代を主要モデルとし、後世の文化と科学知識を組み合わせた架空世界」です。

この構造を知ってから見返すと、後宮の華やかさと閉塞感、猫猫の合理的な推理、知識を阻む身分の壁が、すべて一つの設計としてつながって見えてきます。


よくある質問

薬屋のひとりごとは西暦何年の物語ですか?

特定の西暦は設定されていません。

衣服・花街・後宮は8世紀の唐代、とくに楊貴妃の時代を主なモデルとしていますが、文化水準は16世紀ごろ、科学知識は19世紀ごろまでを目安にした架空世界です。

薬屋のひとりごとは平安時代と同じ時期ですか?

唐の末期と日本の平安時代初期は重なりますが、作品の主要モデルである楊貴妃の時代は日本の奈良時代に当たります。

そのため、「平安時代と一部同時期の唐がモデル」とはいえても、「平安時代が舞台」とするのは正確ではありません。

猫猫たちが暮らす茘は中国ですか?

茘は実在の中国王朝ではなく、作品独自の架空国家です。

後宮、宦官、妃の称号、国際交易などには唐を思わせる要素がありますが、地理、宗教、歴史、科学水準まで史実の唐と同じではありません。

執筆:高橋 凛(アニメ・漫画考察ライター)

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